国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター 水産領域 主任研究員 筒井 功
東南アジアの街角でみる海藻:オゴノリの和え物(タイ南部)
「サーライ(海藻)、サーライ(海藻)」
タイ南部のソンクラー(Song Khla)湖に浮かぶヨー(Yoh)島(図1)の市場を歩いていると、そんな言葉がどこからともなく聞こえてきた。言葉に引き寄せられるように雑踏の中を進んで行くと、屋台の女性店主と目が合った。その海藻は、大きな白いホーロー製のボールの中に入っていて、いくつかのプラスティックの箱の中にも盛り付けられている(図2)。
タマネギやトウガラシ、ピーナツ、タマリンドなどを混ぜた、和え物(あえもの)だ。
「ここにしかない、特産品だよ」
私たちを地元の人ではないといち早く見抜いた彼女は、そう説明してくれた。
のぞき込んでみると、主原料の海藻は白く細く、枝分かれをしていた。
オゴノリのようだ。どこで採れた海藻なのか聞いてみると、当然のように、
ソンクラー湖は、タイの湖の中で一番大きな湖で、タイランド湾に注ぐ汽水の湖である。ヨー島の村から乾燥オゴノリを買ってきて、ほぼ毎朝、オゴノリの和え物を作って売りに来るのだという。
試しに食べてみることにした。
トウガラシの辛みとココナツミルクの香りが口いっぱいに広がる。
水で戻したオゴノリはシャリシャリした食感で、タマリンドの甘酸っぱさが辛さを幾分和らげてくれる。しかしここは、タイの中でも料理が辛いといわれる南部地方である。バンコク出身のタイ人カウンターパートさえも、
「やっぱり辛いですねぇ。」
と笑った。あまりに辛すぎて、オゴノリ和え物だけを、まるまるひとパック分食べられるものではない。
現地の人々や観光客は、市場で和え物を買って、他のおかずやごはんと一緒に食べるのがソンクラー流なのだそうだ。
そのオゴノリ(Gracilaria fisheri)は、4月から8月頃に多く採取されるという。現地では暑季が終わって雨季が始まった頃から雨季の盛りの頃だ。おそらく、湖の塩分低下とオゴノリの生長が関連しているのだろう。
オゴノリが繁茂している間にたくさん採っておいて、天日で乾燥(図3)した後にビニール袋に入れて倉庫に保管しておくという。そういった乾燥オゴノリを、市場の女性店主のような人々が買っていって、ヨー島の特産品となる。
一方、ソンクラー県からみるとマレー半島の反対側に位置するトラン県のスコーン(sukorn)島(図1)でも、オゴノリの和え物を見ることが出来る(図4)。ただしこちらの海岸は、ヨー島のように汽水ではなく、サンゴが生息するような塩分が高い。
和え物に利用されるオゴノリの種類は、高塩分環境に生育するGracilaria salicorniaが中心だ。オゴノリは必要に応じて海で採ってきて、付着物を洗い流した後、茹でてタイ語でガピと呼ばれるアミの塩辛とココナツ、砂糖、その他とあえる。こちらもソンクラーのそれと同様にガツンとくる辛さであった。が、アミの塩辛の独特の旨味と風味が特徴である。
スコーン島はヤシ園やゴム園が広がり、時折コーランが流れてくる、人口数千人たらずの静かな島である。観光客はほとんど来ない。オゴノリの和え物は、レストランで食べる料理というより家庭あるいは集会などで供される料理とのことであった。筆者らは、島でたまたま出会ったご家庭に招かれて、和え物を頂く機会を得たのだった。
今回、タイ南部沿岸のうち、タイランド湾とアンダマン海の異なる海に面した2カ所で見られるオゴノリの和え物を紹介した。これらは、海の環境の差異から利用される種が違い、味付けや料理方法なども異なっていた。ただ双方とも、ガイドブックなどでもあまり紹介される機会のない料理である。新型コロナの流行が落ち着き、読者の方々がタイ南部に旅行出来る機会がやってくれば、ふたつの異なるオゴノリの和え物を食べ比べてみてはいかがだろうか。